コンサルティング物語

コンサルティング物語
「価値観の醸成」

EME「コンサルティング物語」は、コンサルティングの現場を物語風にアレンジしたものです。
コンサルタントの役割を身近に感じて頂けるように、EMEの新しいチャレンジです。

新しい経営理念を浸透させる
~企業文化の再構築~

その1

経営理念を社内に浸透させたい

大衆割烹料理店を営むH社の2代目社長 I氏からのご依頼です。I氏は、社長を引き継いで3年を経過して、いよいよ自分らしさを経営に反映させようと考えていました。実は、I氏が自分の経営理念を打ち出すまでに、多くの紆余曲折がありました。そこで、第一回目は、H社及びI氏の歴史を紐解いて、I氏が「経営理念を社内に浸透させたい」と考えた背景、現状の問題認識を共有化しておきたいと思います。

H社の先代社長は、料理旅館の板前として、長年の修行の後、大衆割烹料理店の板前として独立、地域密着型の堅実な商売をしてきました。I氏も有名料亭で修行後、8年前にH社に帰って来たのでした。

I氏が入社した当時、H社には、直営店が3店舗あり、先代の弟子2人が店舗を任されていました。

しかし、バブル崩壊後、板前を使うような料理店の経営は厳しく、I氏が社長を引き継いだ3年前は、本店だけが辛うじて黒字、直営店の2店舗は赤字の状態だったのです。

I氏は修行時代から、「このような徒弟的なやり方は、早晩続かなくなる」と考えており、特に、「実家の大衆割烹料理店では、通用しない」という認識を持っていたのです。父親である本店の板長がすべてを決める体制から、板前も仲居もアルバイトも切磋琢磨して、お客様のために料理を工夫する体制にしなければならないと考えていたのです(ただし、自分が社長を引き継ぐまで、あえて口に出すことはしませんでした)。

そして、自分が社長を引き継いだ、半年後、自分の想いを始めて公にしたのです。結果は、父親をはじめ、家族が猛反対、直営店の板前まで反対の嵐。再度、I氏は自分の夢を押し込んで、沈黙することになったのです。しかし、今回は、ただ機が熟するのを待っていたのではなく、自分の信念が甘かったという反省から、自分の時間を自分の経営観、経営理念を整理することに費やしたのです。

3年後、経営理念:「お客様のハレの日(特別な日)を 感動するおもてなしで、お迎えして、お見送りする」を胸に秘め、I氏は、父親である本店の板長に理解を求めたのです。

この場面は、I氏の言葉の方が適切だと思います。
~I氏の言葉~
極めた人は、凄いと思いました。私自身も丁寧に自分の想いを伝えましたが、親父は、「感動するおもてなしで、お迎えして、お見送りする」という言葉で、すべてを理解したのです。「よし、お前の好きなように やってみぃ」それ以上、具体的なやり方については、一切触れませんでした。そして、親父は、一言「店の者に、お前の想いをどのようにして伝えるのか」と聴いたのです。

正直、親父を説得することに、全精力をつぎ込んでいましたから、次のことは考えていませんでした。全くのノーアイデアだったのです。怒られましたねぇ。「自分で言い出したことだから、自分で始末しろ」と言って出て行きました。

そして、I氏は、私と共通の友人である、J氏を介して、私の事務所に相談に来られたのです。

そして、新しい経営理念の浸透に向けて、I氏の挑戦が始まったのです。
I氏の挑戦については、次回よりご報告します。

D社の事例 その2

親父さんは納得しているのだろうか

私の素朴な疑問でした。
I氏と初めてお会いした日、I氏は私に対して、H社における現状の問題と将来の夢を熱っぽく語ったのです。
・自分の店の栄枯盛衰 ・自分の修行時代に感じた店への不安 ・不安が現実となった経営状況 ・自分が社長を引き継いだ経緯 ・自分のやりたい店創り ・家族や板長の反対・臥薪嘗胆で準備した3年間 ・EMEに来た経緯 などなど
自分の経営理念や将来ビジョン、そして、新しい評価制度等を導入した店舗運営の方法など、自分の作成したレポートを使って、私が質問を挟む間もないほど、熱心に話をされたのです。
まるで、今までのうっぷんを、一気に晴らすように。

私は、お話を伺いながら、
・熱い方だなぁ ・頭の良い方だなぁ ・時代にも敏感な方だなぁ ・一途な方だなぁ 等々と感じながら、I氏を観察していました。その一方で、
・I氏に社員の方々がついてくるのだろうか
という疑問も広がっていったのです。
I氏は、しきりに「板前も仲居もアルバイトも切磋琢磨して、お客様のために料理を工夫する体制」と言っているが、それは、板前も仲居もアルバイトも 本当に望んでいることなのだろうか? 特に、直営店の板前は、I氏についていくだろうか? そして、最大の問題は、親父は「わかってくれた」と言っているが、本当だろうか?I氏の経営理念「感動するおもてなしで、お迎えして、お見送りする」、そして、経営理念を実現するための取り組みは、一見、時代を読んだ、公平な店舗運営に見えるのだが、親父や直営店の板前、社員に対する思いやりが感じられないのです。そして、何よりも、お客様の顔が見えないのです。私には、I氏の説明は「親父の人間力でまとめ上げてきたH社を壊して、仕組みの枠をはめ込んで運営しようとしている」ように思えたのです。

(コンサル)
このプランに対して、本店板長の親父さんは、どのようにおっしゃっていますか?
(I氏)
先ほども言いましたように、「お前の好きなようにしたらいい」と言ってもらいました。
(コンサル)
その後、この件について、親父さんとお話をされましたか?
(I氏)
話の途中で外に出て行ってから、親父の方から聞くこともありませんし、私の方からも、任されたのだと思って、特に、話を持っていっていません。
(コンサル)
二人の直営店の板長には、お話されましたか?
(I氏)
まだ、話していません。ただ、社長が新しい方針を出すようだ、というのは薄々感じているようです。どのように話をしたら良いか、先生からヒントが欲しいと思っています。
(コンサル)
対応を考える前に、もう少し状況を教えてもらえますか。親父さんは、「お前の好きなようにしたらいい」と言って、話を最後まで聴かずに出て行かれましたね。なぜだと思いますか?
(I氏)
私に任せたからではないのですか。
(コンサル)
Iさんは、部下の大切な方から、Iさんの一生にも関わるような大事な相談を受けたとき、話を少しだけ聴いて、「あとは任せた」と言って、外に出て行きますか?
(I氏)
出て行かないでしょうね。
(コンサル)
出て行くとしたら、どんなときですか?
(I氏)
う~ん、部下の話に納得していないときでしょうね、開き直りかなぁ。それとも「あとは任せた」と言って「任せない」ときでしょうね。先生は、親父も同じ気持ちだと言いたいのですか。
(コンサル)
私は、そのように感じました。Iさんの熱意は非常に伝わってきます。また、このプランは、私も前向きに取り組みたいプランです。しかし、親父さんが納得していないプランだったら、直営店の板長はじめ、ベテランの社員の方も納得しがたいのではないですか。
(I氏)
親父をもう一度、「説得しろ!」と?
(コンサル)
説得することは難しいでしょう。説得するのではなく、親父さんを理解して欲しいのです。Iさんは、親父さんの修行時代、創業の志から、栄枯盛衰があって、今にいたる歴史や価値観を、じっくり聴いたことがありますか。ぜひ聴いてほしいのです。直営店の板長やベテランの社員の方は、親父さんの生き方や考え方についてきたのではないですか。Iさんが、親父さんの生き方や考え方を理解していなければ、彼らは安心して、Iさんについて来られないのではないですか
(I氏)
それは、判っているのですが、私は、親父と話をするのが苦手なんですよ。何か、気後れして。
(コンサル)
二世経営者の多くは、Iさんと同じです。創業者の迫力は違いますからね。ですから、私をうまく触媒のように使ってください。私が、親父さんの「経営観」や「背景と成っている歴史」を聴きにきた、と言ってください。親父さんは、すぐに目的を見抜くでしょうけど、それで良いのです。

このようにして、先代の社長に会いに行くことになりました。新しい経営理念(価値観)を浸透させる場合、先代の価値観と対立する形で浸透させようとしても、社内が混乱するだけで、成果に結びつきません。二世経営者にとって、先代の価値観を理解する、受け入れる姿勢があって、はじめて先代の価値観と後継者の価値観の融合が生まれます。次回は、先代の社長の本音を感じ取ります(職人の社長は難しそうです、うまくいくでしょうか)。

その3

親父さんの歴史に学ぶ

私は、IさんとH社の本店に、親父さんを訪ねていきました。 親父さんは、たたき上げの職人という感じで、いかにも頑固そうな印象です(でも、私は結構、こういう「職人タイプの方」が好きなんです。頑固で、一途で、厳しくて、そして浪花節が大好きで・・・)。Iさんが私を紹介すると、「また、息子が変なコンサルタントを連れてきた」と口では言わないけれど、顔に書いてあったのです。 まるで、今までのうっぷんを、一気に晴らすように。

(I社長)
このコンサルタントの方は、板長が一代で、割烹料理店を本店だけでなく、直営店2店舗を持つまでに成長させてきたことに感激して、板長の“料理へのこだわり”や“店に対するこだわり”、あるいは、“お客様や社員に対する想い”を聴きたいと言って来られたのです。
(親父さん)
俺たちの時代は、ただただ、一所懸命やってきただけだ。取り立てて、話すことはないよ。(つっけんどんな対応です)
(コンサル)
その一所懸命さが、凄いのでしょうね。私たちコンサルタントは、良い経営者や良い職人さんにお会いすることが勉強なんです。I社長から、前社長である板長のお話を聴いて、是非、お会いしたいと思った次第です。
(親父さん)
ふ~ん。社長はなんて言っていたんだ(やっぱり、探りを入れてこられました)

コンサルタントは、いい加減な対応では、胸襟を開いてもらえない と感じていました。 そこで、I社長からお聞きした「H社の歴史」「I社長の想い」等について、お話をするとともに、コンサルタント自身、「I社長の想い」が、「親父さんの価値観や考え方」と合っているのか 心配になっていること、そして何よりも「親父さんの“板前命”生き方」に感銘して、是非 お会いしたいと思ったことを、正直に話したのです。

(コンサル)
そこで、今日は、ここまでお店を育ててこられた、板長のご体験やお考えを、私自身が、素直に教えて頂きたいと思って、やってきたのです。修行時代のお話から、お伺いできませんか
(親父さん)
昔のことは、I社長が知っているだろう。
(コンサル)
やはり、I社長からのお話では、もの足りません。板長の気持ちが伝わってこないのです。  (やっと、“私の質問を通じて、I社長に話をしてほしい”という私の気持ちが通じたのでしょうか。少しずつ、重い口を開いてくれるようになりました)
(親父さん)
中学を卒業して、すぐに、親父の知り合いを通じて、料理旅館◎◎館に板前修行に出された。それは、厳しい世界だった。1分でも先に、入ったものが兄弟子。今みたいな生易しい修行ではなかった。でもな、心が料理を決めることを学んだよ。素材よりもっと大切なものがある。
(コンサル)
一番、そのことを感じられたのは、どんな時だったのですか。

I社長の息遣いや雰囲気から、I社長の気持ちが伝わってきます。板長から「料理は心だ」と何万回も言われてきたのでしょうが、そのように感じた原体験を聴くのは初めてだったようです。また、同じように修行をしてきた、I社長にも、そのような体験はあったはずです。板長の想いとI社長の想いが、少しずつ共鳴しているのがわかります。

(コンサル)

そして、独立を決意されたわけですが、独立を決意されたきっかけは、何だったのですか。

(親父さん)
それは、男の夢(ロマン)だろう。俺の料理を食ってもらいたい。俺の腕で勝負したい。

(コンサル)
開店当初は、順調だったのでしょうか。
(親父さん)
それが、開店1週間ぐらいは、ご祝儀でみんな来てくれた。それから後は、サッパリ。本当に悩んだ。
(コンサル)
それは、厳しかったでしょう。しかし、ここまで発展してきたわけですから復活したのですね。復活のきっかけは、どのようにしてつかんだのですか。
(親父さん)
「料理は心だ」そう信じて疑わなかった。ところが、あるとき、俺の料理にクレームがついた。“味がどうのこうの”って。俺は頭にきて、“味の判らん奴は来なくて良い”って帰ってもらった。しかし、次の日、別の料理でもクレームが出た。さすがに、俺の味が狂っているのではないか、常連客に、そっと聞いてみた。すると、やっぱり、“味が乱れている”というお叱り。「料理は心だ」と言いながら、心の乱れを認識していない自分、お客を追い返してしまった自分が恥ずかしかった。お客さんが正しい。「料理は心だ」の意味がはじめて判った。「心」は、板前の心とお客さんの心。この二つの心が共鳴しないと、良い料理だと言えない。修行時代には判らなかったことが、始めて判った気がする。今までは、板前の心ばっかりだった。だから、自分の店だと客が来なくなったのだ。それからは・・・

やっと、親父さんの話にエンジンが掛かってきました。この店が開店したのは、I社長が中学生の頃でした。後で、I社長に聞いた話では、親父さんは、この頃の苦労話をI社長に、ほとんどされていなかったようです。従って、本当の意味で「料理は心だ」と感じたことは、I社長には、ほとんど伝わっていませんでした。

親父さんもやっと話をしてくれるようになりました。その後の、親父さんの復活への道のり、発展への取り組み、そして、社長の引継ぎやI社長の構想に対する、板長の想いについては、次回、お話します。 そして、I社長は、先代社長である板長の言葉から、何を学んだのでしょうか。

その4

大切なことは「感謝」の姿勢

今までは、板前の心ばっかりだった。今までは、自分の腕で、お客様に「うまい」と言わせるのが板前の誇りだと思っていた。それからは、考え方を切り替えた。お客様の要望に応えることも板前の腕だということが判ったのだ。大切なことは、お店に来て頂いているお客様に感謝する姿勢だ。 流石、プロの板前です。本質的なことをさりげなく話す姿に驚きです。

(コンサル)
具体的に、どのようなことをされたのですか。
(親父さん)
お客様の要望は、可能な限り創らせて頂いた。最初に作ったのが野菜炒め。肉を使わない、海鮮野菜炒めだった。ところが、これが評判良くて、メニューに載せてしまった(笑)。お客さんに教えてもらったメニュー、第一号だった。それからも、なんとか要望に応えようとしてきた。
(コンサル)
お客様の要望に応えていくことは大変だったでしょう。
(親父さん)
わざわざ、俺の店に来て頂いているんだ。要望に応えない方がバチが当たるだろう。ただし、寿司飯だけは、断ったけどな(笑)。やっぱり、できないものは、できない。
(コンサル)
お店が成長したきっかけは何だったのですか。
(親父さん)
良く判らないが、強いて言えば、お客様の要望を俺の店流にアレンジして、メニューに載せるようになってから、お客様が戻ってきた。お客様は、安心して無理を言う、俺は、何とか今ある食材で応えようとする。真剣勝負だけどゲーム感覚、ゲーム感覚だけど真剣勝負。この間合いがお客様も気持ちが良かったのだろう。
(コンサル)
直営店の店長とは、どのようなご縁だったのですか。
(親父さん)
二人とも、俺が修行をしていた料理旅館で、俺の弟子だった。俺の店のことを聞いて、料理旅館を辞めて、この店に弟子入りしてきた。あいつらがいなかったら、俺ひとりでは、店を広げて行けなかった。一人ひとりに何とか店を持たせてやりたい、という想いも強かった。今は、自分の店を持って、苦しんでいるけど、俺の心を一番判っている二人だ。
(コンサル)
おっしゃるように、今、直営の2店舗が経営的に苦しんでいますが、板長の目から見て、その原因はどこにあるとお考えですか
(親父さん)
今は、板前とお客のやり取りだけで、店が繁盛するとは思えない。仲居さんが、お客様の耳となって、お客様の要望を聞き取り、また、板前の口となって、お勧めを提供できるような、仲居さんと板前の連携がないと店は繁盛しない。店全体がお客様に感謝しなければならない時代だ。彼らに、そのような仲居さんを育てる能力があるのか。俺は、難しいと思う。
(コンサル)
すると、二人の板長は、どのようにすれば良いと・・・
(親父さん)
俺を見て、俺の真似をするしかないだろう。だから、俺は社長を息子に譲ったんだ。

凄い職人魂です。社長は譲っても、店舗の実権は譲らない、そんな空気がビンビン伝わってきます。一方、二人の板長に対して、「職人は育てられても、仲居は育てられない」と認識していて、悩んでいるのも事実です。

(コンサル)
今回のI社長の方針について、板長はどのようにお考えですか。
(親父さん)
「感動するおもてなしで、お迎えして、お見送りする」という経営理念、言葉は悪くないが、「言葉で遊んじゃ いけない」 H社の根幹である、お客様に対する「感謝」の気持ちをどのようにして、お客様に表現するのか、I社長に考えて欲しいところだ。「ココロ」のない経営理念は絵に書いた餅だ。
(コンサル)
「H社の“ココロ”を忘れるな」ということですね。それならば、なぜ、I社長の説明の途中で、出て行かれたのですか。
(親父さん)
I社長は、仕組みで、「おもてなし」を創りだそうとしている。俺は納得していないし、両店長も納得しないだろう。お客様はもっと納得しないだろう。仕組みが大切なのではない。「ココロ」を忘れた仕組みは、機械的な人間を創るだけだ。最後まで聞かなくても判る。もっと頭を冷やして、良く考えろ!

板長の経営者としての資質には疑問があるものの、店長として、あるいは板長として、店舗を見る目は、鋭いものがありました。また、自店の仲居さんを厳しく指導する能力も持っているようです。「板長は納得していない」という私の問題意識が、残念ながら的中してしまいました。しかし、I社長の気持ちは、スッキリしたようです。

(I社長)
何度も聞いて、見てきたことだが、親父の歴史、店の歴史を、初めてキチンと聴いた気がする。また、二人の板長に対する悩みも、初めて話してくれた。親父のために、二人の板長のために、仲居さんのために、そして何よりも、お客様のために、何をしなければならないか、少しわかった気がする

H社の「ココロ」をどのように表現して、お客様に伝えていくのか、また、お客様からフィードバックを頂くのか、I社長の奮闘がはじまりました。

その5

「おもてなし」って何だ

I社長は「おもてなし」を理解するために、セミナー通い・優良店のベンチマークを始めました。コンサルタントも、こんな時は、I社長が何かに気づくまで、付かず離れずの伴走者です。 どのセミナーでも、親父の言ったように、「ココロを込めた“たち振舞い”」だという。「たち振舞い」は、教育すればできるかもしれない。でも「ココロ」は、どのようにして教えたら良いのか・・・。 そんな時、あるセミナー講師の言葉が耳に止まったのです。「ココロのない人のたち振舞いは、とても見苦しい。しぐさに無理があるからだ。では、たち振る舞いの美しい人のココロはどうだろうか。最初は、形だけかもしれないが、形ができてくるとココロもついてくるようになる。それが、作法の世界なのです。」

I社長に電流が走ったそうです。その日のうちに、私に電話してきて、「今日、会いたい。」というのです。

(コンサル)
今日って、店が引けるのは0時でしょ。今日でないといけませんか?
(I社長)
とにかく、今日話を聞いて欲しい。
(コンサル)
ただならぬ気配を感じて)わかりました。0時に伺います。

こういう時に、夜中の待ち合わせがあまり気にならない、サントリー時代の経験が活きてしまいました(本音は、あまり活きて欲しくない・・・)

(コンサル)
すごい剣幕で電話をかけてきましたけど、どうされたのですか?
(I社長)
ココロが判ったのです。
(コンサル)
・・・・・・・?
(I社長)
どのような「たち振舞い」でもいい。お客様から認められるまで、徹底すれば、「おもてなし」のココロは、ついてくるんです。

そう言って、今日のセミナーの話をしてくれました。

(I社長)
今日のうちに、今の気持ちのうちに、やることを決めないと、明日では遅くなってしまう。それで、無理を言ってきてもらったのです。
(コンサル)
それで、何を決めたのですか?
(I社長)
我が社は、大衆割烹料理の店です。まずは、挨拶。地域で一番気持ちの良い挨拶ができる店を目指します。その上で、お客様対応で地域一番店を目指します。特に、仲居さんはお客様の口とココロの代弁者、そして、板前の腕とココロの伝道師。仲居さんには、お客様のココロと板前のココロを繋ぐ架け橋になって居頂く。
(コンサル)
チョット意地悪心を出して、本気度を確かめるために) ところで、全員でメニュー開発を行っていく話はどうなったのでしょうか。
(I社長)
今はやりません。仲居さんには、もっと大切な仕事があったんです。
(コンサル)
お客様と板場との橋渡しということですか?
(I社長)
そのとおりです。でも、もっともっと大切な仕事は、気持ちの良い挨拶ができることなんです。お客様は、同じような店が並ぶ中で、わざわざ私どもの店に来て頂いているのです。そんなお客様に対して、ココロのこもった挨拶ができる、ステキだと思いませんか。
(コンサル)
そのような店があると、是非、常連になりたいと思うでしょうね?ところで、一番大事なポイントですが、I社長は、どのようにして実現しようとしているのですか
(I社長)
そこなんです。相談したかったことは。やるべきことはわかった、でもどのようにしたら良いかがわからない。何か、ヒントを頂けませんか。

最初に弊社に来たときと、全く様子が違います。いつの間にか、親父さんが話してくれたことを自分の言葉でしゃべるようになっていました。そして、やるべきことが、肝でわかったI社長は、とても謙虚になっていました(私を呼び出した強引さは相変わらずですが)。

(コンサル)
私は、マナー研修のプロではありませんので、私の友人の先生をご紹介しましょう。まず、仲居さんにマナーの基礎を学んでもらってください。マナーの基礎を学ぶだけで、仕事に対する姿勢が変わるそうです。
(I社長)
研修だけではダメで、我が社のオリジナルを作らなければならない。
(コンサル)
そこが、一番大切なところです。基礎を学んだ仲居さんを中心に、「H社におけるココロを込めた挨拶=H社のオリジナルマナー集」を作っていく、その集団活動のファシリテーターの役割を私がしましょう。

このようにして、H社では、仲居さんを中心として、実質的な経営理念浸透プロジェクトが発足したのです。いよいよ次回は、最終回。おもてなしのココロが企業文化となるように、I社長がどのような取り組みを行ってきたのか についてお話します。

その6

企業文化として定着させる

マナー研修は、本店そして直営店の仲居さん全員に対して、繰り返し、繰り返し行いました。私は、マナー研修を進めるに当たっては、板場もマナー研修の対象にするのか、板長である親父さんとの関係は大丈夫か、と危惧していましたが、そこは、流石、I社長です。

(コンサル)
板場の教育は、どのようにされるのですか。
(I社長)
板場には、板場の流儀があります。実は、親父の話を聴いたあと、少しずつ自分の気持ちを話せるようになりました。H社の“ココロ”に気づいたこと、研修で目から鱗の話を聴いたこと、そして、マナー研修や経営理念の浸透について、コンサルタントに相談していること、などなどです。
(コンサル)
素直な気持ちで、素顔の親父さんに、触れることができるようになってきたのでしょう。素晴らしいことです。
(I社長)
いやぁ、まだまだ親父の域には遠いです。実は、親父に、板前の“ココロ”について、再教育をお願いしたのです。板前の教育は、板前にしかできませんから。
(コンサル)
そうですか。それは、親父さん、喜んだでしょう。
(I社長)
それは、もう。早速、直営店の店長を呼んで、板前の“心得”を、今風に作り変えていました。どこで、どう準備したのか、他店の“心得”も持っているのです。そして、新しい“心得”には、私の経営理念の言葉を使ってくれたりして・・・
(コンサル)
それは、I社長も嬉しかった?
(I社長)
泣けてきました。親父に認められたのだと思って。親父は、「仲居さんからの要望はお客様からの要望、仲居さんの要望をすべて応えられる板前を作るんだ」なんて、言っています。

私が心配するまでもなく、親父さんとI社長との雪解けも進んでいたようです。

(コンサル)
仲居さんのマナー研修も、そろそろ終わりです。仲居さんの行動に、変化が見られるようになりましたか。
(I社長)
明らかに、挨拶だけでなく、背筋がピンと伸びて、立ち姿も美しくなりました。姿勢が良くなると、しゃべる言葉もハキハキと言えるようになってきたのが不思議です。でも、何か物足りないのです。立ち居振る舞いは美しくなりましたが、なんとなくマニュアルっぽい、仲居さんたちの良さが出し切れていない、マナー研修の先は、我が社で対応しなければならない領域なのでしょう。
(コンサル)
その通りです。次のステップとして、「経営理念浸透プロジェクト」をスタートさせましょう。
(I社長)
「経営理念浸透プロジェクト」は、名前が固いですよ。せめて、「おもてなしプロジェクト」にしましょう。
(コンサル)
これは、一本取られました。やっぱり、コンサルタントの発想より、社長の発想が優れていますね。
(I社長)
具体的に、どのように進めていけば良いですか。
(コンサル)
まず、「おもてなしプロジェクト」の目的を明確にしましょう。
(I社長)
やっぱり、仲居さん全員に“おもてなしのココロ”を持った行動ができるようになって欲しい。
(コンサル)
でも、マニュアルでは意味がない。
(I社長)
そうです。みんなで考えて欲しいのです。どのようにしたら、気持ちよく来店して頂けて、満足して帰っていただけるのか。
(コンサル)
やっぱり、仲居さんが主体にならないといけませんね。
(I社長)
そこだと思うのです。今回のプロジェクトの成功の鍵は。
(コンサル)
では、次のような進め方は、如何ですか。(1)仲居さんに対して、“仕事をしていてとても嬉しかったこと、やりがいを感じたこと”について、アンケートを取ります(残念だったことも)。(2)同時に、お客様にも、来店して、“ご満足頂けたこと、嬉しかったこと”について、アンケートを取ります(ご不満な点についても)。 (3)プロジェクトのメンバーには、“仲居さんの嬉しかったことやお客様の満足して頂いたこと”と、“H社の経営理念”との関係を徹底的に話し合って頂きます。
(I社長)
なるほど、経営理念と現在起こっている事象と結び付けようと言う訳ですね。
(コンサル)
その通りです。ただ、“おもてなしのココロ”が、行動となって現れないと、お客様には伝わりませんので、“仲居さんの嬉しかったことやお客様の満足して頂いたこと”の背景として、どのような対応をしたのか、行動をしたのか、まで落とし込む必要があります。
(I社長)
良い行動を習慣付けていく、という訳ですね。
(コンサル)
さらに、良い行動を習慣付けていくためには、良い行動した仲居さんを表彰するなど、良い行動を「見える化」することも大切です。
(I社長)
良い行動は、お客様との関係だけではないかもしれない。板場との関係も表には出ないけれども、とても大切なことです。
(コンサル)
良い行動は、たくさんあると思います。それは、プロジェクトの中で決めていきましょう。議論をするプロセスも、良い行動を習慣付ける大切な要素なのです。
(I社長)
やっと、明かりが見えてきて、ワクワクしてきました。今まで、一人で力んでいたのがウソのようです。
(コンサル)
社長が、今のお気持ち、姿勢を失わない限り、必ずうまくいきますよ。
(I社長)
そうしなければ、なりません。具体的に、「おもてなしプロジェクト」をスタートさせましょう。

このようにして、「おもてなしプロジェクト」はスタートしました。I社長とお会いして、半年余り、I社長の変化には、驚きの連続でした。私も、事業の承継と新しい経営理念の浸透という、経営の根幹に関わる問題について、とても考えさせて頂いた事例でした。

次回からは、「バランス・スコア・カードで企業文化を変革する」をお届けします。