コンサルティング物語

コンサルティング物語
「バランス・スコアカードの活用」

EME「コンサルティング物語」は、コンサルティングの現場を物語風にアレンジしたものです。
コンサルタントの役割を身近に感じて頂けるように、EMEの新しいチャレンジです。

バランス・スコアカードの導入事例

B社の事例 その1

「業績評価をどのようにしたら良いのか」相談に乗って欲しい。

食品卸売業B社からの相談内容は、下記の内容のものでした。
・現在、当社では営業職、管理職に対して年俸制を採用している。
・年俸制においては、業績配分を実施しているが、業績の評価が曖昧で、大きく差をつけられない。
・その結果、予算の達成にも、社員の動機付けにも繋がっていない。
・社員が納得できる業績評価制度を構築したい。

相談を受けたコンサルタントは、B社の社長の話を聞くうちに、B社においては業績評価制度を導入することが目的となって、“業績評価制度を導入する本当の目的や社長の本当の悩みを忘れてしまっている”ことに気づいたのです。

(コンサル)
社長は何のために業績配分を実施してきたのですか。
(社長)
決まっているではないか。社員の奮起を促すためですよ。
(コンサル)
社員の奮起を促して、社長はどうしたいのですか。
(社長)
予算を達成して、社員に配分してやりたいと思っている。
(コンサル)
予算はどのような形で、社員に伝えるようになっていますか。
(社長)
社長方針で発表している。
(コンサル)
予算が達成されていないということは、社長方針が実現されていないことですね。社長の本当の悩みは、社長の想いが実現されないことにあるのではないでしょうか。
(社長)
そこなのだよ、実は。それが一番悩みの種だ。笛吹けど踊らずなのだ。
(コンサル)
業績評価制度の問題であれば、社長方針への貢献度によって評価されるように設計しなければなりません。しかし、社長方針が実現されないことが問題であれば、その前に、社長方針がなぜ実現されていかないのか、社長方針の診断をする必要があります。
(社長)
社長方針の診断とは、どういうものなのか。
(コンサル)
社長方針の診断は、3つの視点でおこないます。一つは、社長方針が、社員に対して具体的に示されているか、特に、実現イメージが示されているか。また、社長方針が社員にとって納得性の高いものであるか、社長の自己都合の方針となっていないか、がポイントになります。二つは、社長方針と部門方針の整合性が取れているか。三つは、社長方針が社内に浸透して、行動に結びついているか。この3つの視点から、社長が笛吹けど社員は踊らず、社長方針が実現されない原因を分析します。
(社長)
社長方針が自己都合の方針となっているかどうかは、何に基づいて調査するのか
(コンサル)
バランス・スコアカードの視点から分析するのです。社長の経営方針は、売上や利益といった財務数字を中心とした、社長方針となっていないでしょうか。
(社長)
売上・利益・生産性など、財務数字が最も重要なのではないのか。
(コンサル)
もちろん、財務数字は大切です。しかし、財務数字は結果の数字です。たとえば、卸売業の場合、売上高=得意先件数×店頭カバー率×購入単価と考えられます。売上高(財務)を実現する仕組みに着目して、社長方針を策定しなければ、「誰に」「何を」「どのようにして販売するのか」社員は、道に迷ってしまいます。バランス・スコアカードは、経営方針ならびに経営戦略を構築するにあたっては、財務の視点(財務体質の強化)だけではなく、顧客の視点(顧客ニーズに対して、どのような商品・サービスを提供するのか)、業務プロセスの視点(どのような仕組みで、商品・サービスを創造・提供するのか)、学習と成長の視点(どのような人財を育成するのか、また組織能力をいかにして高めるか)という4つの視点から、経営方針ならびに経営戦略が評価されなければならない、という考え方です。

ということで、社長方針の内容、社長方針と部門方針の整合性、社長方針の浸透度合いを診断することになりました。

B社の事例 その2

「残念ながら、このままでは、社長方針は実現されません」

コンサルタントの厳しい診断結果だった。

(コンサル)
社長、ご覧ください。部門長の部門方針を拝見すると、社長方針との大きなギャップがあります。このままでは、社長方針はおろか、商品構成を変えることによって、実現しようとする財務の数値目標の達成も困難です。
(社長)
社長方針を発表しているのに、なぜ部門長は社長方針を守らないのだろうか。
(コンサル)
個々の部門長は、社長方針を実現することを自分の役割と感じていないのです。それは、社長方針を実現するために、部門の役割と責任を明確にしていないからです。その背景には、社長ご自身が、商品構成を変更すると言いながら、行動レベルでは、既存商品での売上高達成を認めているからです。その結果、部門長は、目先の売上を作る既存商品の取扱いしか、意識がないようです。たとえば、商品部は商品開発と言いながら、既存型商品の調達しか方針に記述していません。このままだと、業績評価をしようとしても評価する基準がありませんね。
(社長)
社員へのヒアリングもしてくれたようだったが・・・。
(コンサル)
社長方針の浸透度合いを聞いてみました。一般社員は、社長方針をほとんど知らず、社長の関心事は、結果としての売上利益の実現だと認識しています。部門長から、一般社員に社長方針が伝わっていません。
(社長)
社長方針から見直さなければダメだということか。
(コンサル)
そうです。社長は何をしたいのか、社長ビジョン(B社の方向性)、経営戦略を具体化することによって、部門長と社長方針を共有すること、さらに、社員に対して、判り易い言葉で、目標が達成された状態を記述することが重要です。 また、社長方針に基づいて、部門の役割・責任を明確にしなければなりません。この役割・責任の達成度、言い換えると社長方針への貢献度が、部門における業績評価の基準となるのです。つまり、社長ビジョンと経営戦略、達成イメージ、部門における実現プログラム(役割・責任と活動計画)、評価システムが揃って、社長方針が実現されるのです。また、社長方針をバランス・スコアカードの視点[顧客の領域] [業務プロセスの領域] [学習と成長の領域] [財務の領域] に落とし込んで、バランスよく記載されているか、についても診断してみました。
(社長)
その結果は、どうだったのか
(コンサル)
この資料をご覧ください。社長方針には、どのようにして顧客のニーズを認識して、顧客との信頼関係を築くか、[顧客の領域]に関する記述がありません。御社の営業活動や商品開発は、顧客のニーズを無視した、自己満足なものになっていませんか。
(社長)
耳の痛いことを言うなあ。
(コンサル)
それと、いかにして社員および組織の能力を高めていくか、[学習と成長の領域]についても、個々人の能力アップとしか書かれていません。これでは、社員が十年一日のごとく同じ仕事をしていても、問題は社長方針の方にあります。

ということで、B社では社長方針から見直すことになりました。

B社の事例 その3

「御社の真のお客様はだれですか」

コンサルタントの質問に対して、社長は言葉を失ってしまった。B社の社長は、直接取引がある得意先を顧客と認識していたが、コンサルタントの質問は、得意先が納めている「料飲店」や「料飲店に来られているお客様」に対するものだったからです。

(コンサル)
社長方針の基軸は、経営ビジョンです。つまり、『どのようなニーズを持ったお客様に』 『どのような商品・サービスを』 『どのようにして創造し、お届けするか』を明確にすることです。
(社長)
取引先がお客様ではないのか。
(コンサル)
お客様であることは、間違いありません。しかし、食品を販売しているのですから、真のお客様は、御社が取り扱っている食品を、食べていただいている消費者です。お客様が消費者である、という観点から言えば、取引先も『どのようにしてお届けするか』を担うパートナーということになります。
(社長)
よし、判った。(真の)お客様から発想しろ、ということだな。しかし、お客様をどのようにして選定していけばよいのか。
(コンサル)
今まで、お客様のことを検討して来られていないので、難しいと感じられることは、よく理解できます。従って、まず、お客様およびお客様のニーズを仮説として設定しましょう。そして、BSC(バランス・スコアカード)を検討しながら、お客様およびお客様のニーズを検証すればよいのです。
(社長)
まず、やってみろ、ということか。
(コンサル)
その通りです。動かなければ、次の課題も見えてきません。
(社長)
しかし、闇雲にお客様のニーズを設定しても仕方がないだろう。
(コンサル)
まず、現在のお客様を推測しましょう。
  1. どのようなニーズを持った方々が、
  2. どのような場面で、
  3. B社の商品を選んで、
  4. 食していただいているか、
    そして、
  5. なぜB社の商品を選んでいるか、
    です。
次に、外部環境として、業界の動き、消費者の動き、取引先の動き、競合他社の動きを検討します。そこで、今のお客様のニーズがどのように変化するかを予測します。
(社長)
なるほど、足元を見つめることから、始めるわけだ。
(コンサル)
さらに、外部の環境、内部の経営資源から、『どのような商品・サービスを』 『どのようにして創造し、お届けするか』を仮説として、まず設定をするのです。
(社長)
では、早速、営業部門に対して、真のお客様の情報を集めるように指示しよう。
(コンサル)
外部環境に関する情報と経営資源に関する情報も収集してください。我々も、外部環境に関する情報を収集します。

B社の事例 その4

「御社は、お客様とどのような関係を作りたいですか」

B社では、営業マンのヒアリングに基づいて、真のお客様の姿を仮説的に定義づけました。そのうえで、“真のお客様のニーズに対して” “どのような商品・サービスを” “どのようにして創造し、お届けするか”を『事業ビジョン』仮説として設定したのです。 コンサルタントは、精緻な事業ビジョンを策定するよりも、仮説的としての事業ビジョンに基づき、社内革新を起こすことを優先したのでした。そして、事業ビジョンを実現するために、バランス・スコアカードの検討に入ったのです。

(社長)
それは、たくさん買っていただける関係を作りたいね。それが、商売をしている目的だろう

コンサルタントは、この答えに少々がっかりした

(コンサル)
たくさん買っていただける関係を作ることは、間違っていません。ただ、買ってくださいと連呼しても、お客様には買ってもらえませんね。見ず知らずの人から、商品は買わないでしょう。
(社長)
我が社や商品に信頼がないとダメ、ということか。
(コンサル)
それだけではありません。いくらいい商品だと判っていても、欲しくない商品は買わないでしょう。
(社長)
お客様のニーズを知ることが大切だと言いたいのだな。
(コンサル)
その通りです。
(社長)
今までは、真のお客様のニーズなんて考えてもいなかったなぁ・・・。ということは、顧客の領域のポイントは、“信頼関係をつくる”ことと“お客様のニーズにあった商品を提供する”ことか。
(コンサル)
その通りです。
(社長)
もっとも、言われてみれば、あたりまえのことだな。
(社長)
信頼関係ができたお客様が、固定客になると考えればいいわけだ。
(コンサル)
信頼関係がさらに強まったお客様は、どのような行動をされますか。
(社長)
・・・・。
(コンサル)
御社のことを他の人に宣伝してくれませんか。
(社長)
たしかに、営業マンより宣伝してくれるお客様がいる。ただし、我が社の場合、食材を扱っているので、外食産業の調理人だけど。そうか、顧客の領域の戦略目標は、“親派度(顧客ロイヤリティ)を高めること”か。そして、目標を達成するための重要成功要因は“信頼関係をつくる”ことと“お客様のニーズを聞くこと” “ニーズに合った商品を提供すること”だな
しかし、問題は、どのような目標数値を設定するかだ。目標数値の設定の仕方もわからなければ、実績をどのようにして調べればよいのか。
(コンサル)
まずは、できるところからです。たとえば、親派度は、対象を料理人のレベルからはじめましょう。まず、親派度を分類します。親派度が増すには、段階があります。認知-試用-使用-継続-優先、といった具合です。
(社長)
たとえば、継続使用の顧客をどれだけ増やすか、それを決めればよいわけだ。

このように、バランス・スコアカードでは、“戦略目標” “重要成功要因” “数値目標”と展開され、具体的な“活動項目(アクションプラン)”が決められます。“戦略目標” “重要成功要因” “数値目標” “活動項目”の内容は、企業個々に違うと思いますが、みなさんの会社でもチャレンジされてはいかがでしょうか。

B社の事例 その5

「親派度を高めていくために、どのような商品•サービスを提供する仕組が必要ですか。」

B社の経営者は、この質問にも頭を抱えてしまった。今まで、食品卸売業として、得意先の要望する商品を調達することが、第一の使命と考えていたからです。従って、お客様との親派度を高めていくために、商品・サービスを開発し、提供するという発想はなかったのです。

(社長)
今まで、工場を持たないメーカーになろうとして、商品開発をおこなってきたが、“このような商品があれば、(漠然と)お客様が喜んでもらえるだろう”という、作る側の論理でしか発想してこなかった。これでは、PB(プライベートブランド)商品が売れないわけだ。
(コンサル)
そのように悲観的に考える必要はありません。今の売上高、利益額を確保していることは、(競合他社に対して)得意先やお客様から選ばれているから、実現できているのです。得意先やお客様から、御社はどのように評価されているのですか。
(社長)
まず、卸売業だからあたりまえだが“一生懸命商品を探してくれる、調達力がある”ということだろう。それと、生もの(鮮度の要求されるもの)に強い、という評価もいただいている。また、買ってもらえる、もらえないは別として、“珍しい商品を提案してくる、商品開発に意欲的だ”という評価もある。
(コンサル)
すばらしいではないですか。商品を探して欲しい、ということはお客様のニーズが届いていることではないですか。どのような商品への要望が多いのか、そこから商品開発のヒントが生まれるでしょう。
(社長)
なるほど、社員は商品を探すので手一杯で、問合せをニーズと考えたこともないだろう。
(コンサル)
また、鮮度の要求されるものに強いと言うことは、商品開発のキーワードになりませんか、また商品開発に意欲的だという評価は、お客様の期待値の現れですよ。
(社長)
そうすると、業務プロセスの戦略目標は"鮮度の要求される商品を開発・提供するシステムを構築する"と考えれば、いいわけだ。
(コンサル)
もちろん、この戦略目標を実現することは、多くの課題を解決しなければなりませんが、最も重要なポイントは何ですか。
(社長)
まず、お客様のニーズを正しく把握しなければならない。そして、共同で商品開発をおこなうパートナーの存在が不可欠だ。そして、商品を配送するシステムも重要なポイントとなるだろう。 目標数値はどのように設定すればよいだろうか。お客様のニーズの把握が最も重要だと思うのだが・・・。
(コンサル)
そのとおりです。たとえば、お客様のニーズの把握件数も目標数値になります。また、鮮度の要求される商品の開発点数も目標数値とする必要があるでしょう。

業務プロセスの領域は、経営ビジョンを実現するために、自社の業務の流れをどのように変革するべきか、が検討テーマとなります。 そのヒントは、お客様からの評価の中にも隠されています。 B社の社長は、業務プロセスの領域の検討を進めていくうちに、「社内体制の革新だけでなく、社員の意識や能力を革新しないと目標とする経営ビジョンが実現できない。」ことに気づかれました。

B社の事例 その6

「今の社員で、会社を変えることができるだろうか。」

今度は、社長から自信のない声が返ってきました。会社の体質を変えることが、いかに大変であるか、そして、その鍵となるのが社員一人ひとりの意識と能力の変革であること、を肌で理解されたのです。

(コンサル)
もちろん、社員の意識や能力が今のままでは、とても体質を変えることはできません。だからこそ、ビジョンを実現するために必要な(能力を持った)人財を明らかにして、計画的に人財を育成していかなければならないのです。また、社員が社長方針に向かって行動するように、意識や行動の変革も必要です。
(社長)
先生は、口では簡単そうに言ってくれるけれども、人に関わることだから非常に難しい。本当は、ビジョン実現に向けて、この領域が最も難しいのだろう。
(コンサル)
その通りです。しかし、“最も難しい”ということを認識していれば、まずは十分です。できるところから、着実に前進させましょう。今までの議論から、どのような人財が不足していると考えられますか。
(社長)
まず、お客様の声をニーズとして聞き取れる営業マンだ。そして、商品開発をパートナーとともに推進する商品開発のマネージャー、鮮度の高い商品を配送するシステムを設計できる物流のマネージャーが不足しているだろう。そして、全員が商品開発に携わっている風土も必要だ。
(コンサル)
少し具体的に考えてみましょう。お客様の声をニーズとして聞き取れる営業マンが必要とおっしゃいましたが、ではこれからの営業マンの役割は、どのような役割に変わるのでしょうか。
(社長)
難しい質問だな。今までは、お客様の求める商品をメーカーに伝え、準備させることが役割と思っていた。
(コンサル)
では、なぜお客様は、御社に商品を探せとおっしゃるのでしょうか。
(社長)
それは、売上・利益を増やしたいからだろう。
(コンサル)
どのようにして、売上・利益を増やされるのですか。
(社長)
それは、お客様が取引先に販売してだろう。そうか、判ったぞ。営業マンは、お客様が取引先に販売しやすいようにすればよいのだ。
(コンサル)
営業マンの役割が見えてきたではありませんか。役割が明確になると、役割を果たすために必要な能力も抽出できるでしょう。必要な能力と現在の能力が育成課題となります。商品開発のマネージャーも物流のマネージャーも同じです。闇雲に人財育成を目指しても上手くいきません。
(社長)
では、ここでの戦略目標は、“部門および個人の役割と必要な能力を明確にする”としよう。
(コンサル)
必要な能力を明確にするだけでいいですか。
(社長)
いや“部門および個人の役割と必要な能力を明確にして、能力開発を推進する”にしなければだめだ。
(コンサル)
では、戦略目標を実現するための、重要成功要因は何ですか。
(社長)
やはり、社員のやる気を引出すことだろう。そのためには、まず、社員を認めることだ。認められたら、社員は自ら働いてくれる。しかし、私はこの認める、誉めるが一番苦手だ。どうしたら良いだろうか。
(コンサル)
一番重要なことは、認める・誉めるために、社員を24時間 観察することです。必ず、良いところがありますよ。そして、客観的に評価ができるように、評価の仕組みをつくることが重要です。
(社長)
それにしても、この領域の目標数値が難しい。
(コンサル)
まずは、定性的な目標から始めることも必要でしょう。つまり、“いつまでに役割をどのレベルまで明確にするのか” “必要能力の抽出をいつまでにおこない、社内発表できるようにするのか”といったことです。その後は、能力ギャップの改善度合い等を目標数値とすることができます。また、全員が商品開発に携わる風土を醸成するためには、提案制度等を導入し、提案件数を目標数値とすることも可能です。

学習と組織の領域は、経営ビジョンを実現するために、人財の意識や知識・技術だけでなく、組織としての「知」のレベルを高め、現状を打破する推進力を創ることが検討テーマとなります。そのヒントは、経営ビジョンを実現する役割認識にあるようです。

B社の社長は、過去の企業風土から、学習と組織の領域が最も困難だと肌で感じるようになりました。

B社の事例 その7

「このままでは、先行投資でコスト倒れになるのではないか」

B社の社長は、変革する課題の多さと変革するには多大な先行投資が必要であることを不安視するようになりました。これは、B社の危機でもありますし、コンサルティングの危機でもあります。なぜなら、中途半端な改革ほど、顧客や従業員に対して不安や不信感を抱かせ、以前より悪い結果に導くものはないからです。

(コンサル)
社長、その通りです。変革には多くのリスクを伴うのです。だからこそ、バランス・スコアカードで、3つの領域と財務の領域のバランス、中期ビジョンと現実の業務のバランス、さらに、社長方針を徹底させるために年度目標と個々人の目標とのバランスをとることが重要なのです。
(社長)
後には戻れないということだな。
(コンサル)
猪突猛進では困りますが、リスクまで含めた周到な準備が必要だということです。その考え方がバランス・スコアカードなのです。
(社長)
バランス・スコアカードの重要性がやっと判ってきたような気がする。遅いけど・・・。
(コンサル)
全然遅くはありません。バランス・スコアカードの重要性が判っていただけたということに価値があるのです。
(社長)
先生、財務の領域は、私に考えさせてください。財務の領域の戦略目標は“キャッシュフローを増加させる、投資効率を向上させる”でいいでしょう。
(コンサル)
最も重要なテーマですね。戦略目標を達成するための重点成功要因は、どのような項目になるでしょうか。
(社長)
我々は、流通業だから、重点成功要因は、“売上志向から利益志向に転換する” “外部資源を活用する” “商品回転を向上させる”とすれば良いのではないか。
(コンサル)
外部資源は何のために活用するのですか。
(社長)
一つは、コストダウンのため。もう一点は、商品開発等我が社に不足している能力については、専門家の知識を積極的に活用して価値を高めていきたい。
(コンサル)
すると“生産性と付加価値を高めるために外部資源を活用する”とした方がわかりやすくないですか。
(コンサル)
なるほど、そのように変更しましょう。業績指標は、“売上高、利益額、利益率” “一人当たりの生産性” “商品回転率”というのが、納得性がある気がする。ただ、付加価値はどのような指標を設定すればよいのか、よく理解できない。
(コンサル)
付加価値は、結果として利益率に反映されます。また、業務プロセスの領域で商品の開発点数やヒット率等の指標で測定が可能です。
(社長)
では、業績指標は3つで考えよう
(コンサル)
ところで、顧客の領域、業務プロセスの領域、学習と成長の領域の戦略目標を実行すれば、財務の領域は実現できますか。
(社長)
先生の言いたいことは、“領域間でキチンと整合性があるか”と言うことでしょう。今は感覚的だが、顧客との良好な関係を構築して、工場を持たないメーカーとしての立場が確立していけば、財務の領域の戦略目標は実現できるのではないか。再度検証しなければならないが・・・。
(コンサル)
社長の考えも整理されてきたようですので、ここからの検討は経営幹部の方々にも参加していただきましょう。検討会では、社長の考えを伝えるとともに、バランス・スコアカードを検証することによって、経営幹部の合意を形成していきましょう。

ということで、社長が考えたバランス・スコアカードは、経営幹部も参加して、バランスの整合性を検証することを通じて、合意が図られることになりました。

B社の事例 その8

「我が社は、5年前と変化しているか」

社長は、バランス・スコアカードの検討を始める前に、
1.市場・顧客環境の変化
2.競合他社の変化
3.自社の収益および体質の変化
について検討を始めました。
経営環境が変化しているにも関わらず、体質が変わらない自社に対して、経営幹部に危機感を持ってもらうためです。
B社では、経営環境は大きく変化しているにもかかわらず、得意先構成、商品構成、社内システムに大きな変化はなく、収益だけがジリ貧状態となっていました。現状を踏まえた議論を通じて、経営幹部も“このままではいけない”との認識で一致したのです。

(コンサル)
“我が社は変わらなければならない”という認識では一致していますね。議論が行き詰まる時、必ず“我が社は変わらなければならない”という原点に戻っていいですか。

コンサルタントの確認です。

(社長)
なぜ、我が社は変われないのか、経営コンサルタントの先生に相談をした。先生と議論していて、気づかされたことが3つあった。一つは、“工場を持たないメーカーになる”と経営方針でいいながら、具体的なゴールイメージを持っていなかったことだ。明確になっていたのは、数値目標だけだった。だから、経営幹部の皆さんとも、方向性について一枚岩になれていなかった。
二つは、ゴールを実現するための、マイルストーン(中間の実現目標)を明確に設定していなかったことだ。だから、十年一日のごとく同じことを繰り返していたのだ。
三つ目は、経営幹部である皆さんが、“経営方針を実現することが、自分たちの役割である”と認識して、リーダーシップを発揮してこなかったことだ。だから、一般社員の人たちは、経営方針と日々の活動が別のものだと考えていた。もちろん、“皆さんの役割を明確にして、成果を強く求めてこなかった”私の責任でもある。
ここに、バランス・スコアカードの考え方に基づき、私のゴールイメージを具体化したシートがある。バランス・スコアカードのシートをたたき台として、経営方針における戦略項目(戦略目標、重点成功要因、評価指標)並びに活動項目について、経営幹部の皆さんと共有していきたい。

<経営幹部と社長との対話>

(経営幹部)
PB商品を販売しようとしても、得意先が納得しなければ売れません。
(社長)
得意先が納得する商品を作るためにはどうすれば良いか考えよう。
(経営幹部)
川下に直接販売すると、得意先と摩擦を起こします。
(社長)
川下情報が入らなければ、顧客ニーズにあった商品開発はできないだろう。得意先との摩擦を起こさない方法を一緒に考えよう。
(経営幹部)
今の得意先には、PB商品を川下に紹介する営業力がありません。
(社長)
営業力がないのであれば、我々が応援していこう。また、我々の考えを理解していただける得意先を見極める必要もある。

B社の経営幹部は、できない理由を並べるのが、得意なようです。

(コンサル)
ちょっと待ってください。大事なことを忘れてはいませんか。今のままで、我が社は安泰なのですか。
(社長)
・・・・。
(コンサル)
約束しましたね。議論が行き詰まると、“我が社は変わらなければならない”という原点に戻ると。原点に戻って、“我が社はどのように変わらなければならないのか”について、バランス・スコアカードの視点に基づいて検討しましょう。

中堅中小企業においては、経営幹部と問題意識を共有して、経営方針に対して合意を得るには、時間をかけた取り組みが必要です。ここで大切なことは、議論を通じて、経営幹部としての役割を再認識していただくことです。また、議論に行き詰まった時は、あせらず、合意したところまで戻って議論を積み重ねることです。

B社の事例 その9

「それでは、経営方針を諦めるのですか。」

コンサルタントからの厳しい言葉です。「顧客に喜んでいただく商品を開発するためには、商品企画部が必要だ。」経営者も経営幹部も同意したにもかかわらず、新しい部門(商品企画)の責任者を営業部門から、抜擢しようとしたところ、営業部長が抵抗して、議論が膠着した時のことです。

社長と経営幹部のバランス・スコアカードについての議論は進み、戦略目標の“重要成功要因を推進する部門”の検討に入りました。

(コンサル)
“重点成功要因の推進部門”を設定する場合、“どの部門が担当するべきか”部門名で検討を進めてください。現在の部門長の能力で決めないこと、部門長の能力を制約条件にしないことがポイントです。必要であれば、新しい部門を新設することや提携企業にアウトソーシングすることも選択肢の一つです。
(社長)
今まで、商品開発は顧客のニーズをキチンと聞かずに、私の感覚でやってきたように思う。だから、当たり外れの波が大きかった。今後、工場を持たないメーカーになるためには、顧客ニーズをキチンと把握し、顧客に喜んでいただける商品が開発されなければならない。このような役割を、どの部門が責任を持って推進して行くべきだろうか。
(経営幹部)
当然、商品開発部の役割ではないですか。
(社長)
今までの商品開発部は、私が事業部長を兼任して、他のメンバーも全員兼任だった。顧客の要望をつかみ、パートナー企業と連携した商品開発をおこなうためには、片手間で商品開発をおこなうような部門ではダメだ。責任者を決めて、キチンとした商品開発がおこなわれなければならない。商品企画部の役割を明確にして、部門として独立させたいと思う。もう一度、商品企画部の役割と責任を考えて欲しい。

<略>

(コンサル)
それでは、商品企画部の役割と責任について合意できますか。
(全員)
合意します。
(コンサル)
では、商品企画部の役割と責任を果たせる部門長は、だれが適任ですか。
(社長)
営業部の○○はどうか。これからの商品開発は顧客のことを最もよく知っている社員でなければならない。
(営業部長)
ちょっと待ってください。○○が抜擢されると、売上・利益目標が達成できません。
(他の幹部)
○○は若すぎます。○○の商品開発の能力は未知数です。
(社長)
コア部門の人財は、社内から抜擢したい。
(全員)
・・・。

長い、沈黙の時間が過ぎました。そして、コンサルタントが沈黙を破って、発言しました。

(コンサル)
それでは、経営方針を諦めるのですか。 営業部長のおっしゃることもよくわかります。 しかし、今は、何を優先するべきですか。よく考えてください。
(社長)
我が社が、工場を持たないメーカーとして脱皮するためには、商品企画部の強化は、最優先課題だ。営業部長は、全社的な観点で考えて欲しい。年齢は関係ない。能力の不足は教育すればよい。最優先課題に、優秀な人財を投入すべきだ。

<以下略>

経営戦略の議論において、活動項目が具体的になればなるほど、総論賛成・各論反対の議論が展開されてきます。皆さんの会社でも、日常の議論では、各論反対に流される(部分最適が全体最適に優先する)ことも多いのではないでしょうか。

バランス・スコアカードに基づいて戦略プログラムを検討すると、(激しい議論は展開されますが)部分最適が全体最適に優先されることはありません。経営目標―部門目標―個人目標の整合性を維持することができるのです。

B社の事例 その10

「戦略目標が実現した時、我が社はどのような姿になっていますか。」

バランス・スコアカードの検討がほぼ終わり、(社長方針から名前を変えた)経営方針発表の準備に取りかかろうとした時です。コンサルタントの言葉に、社長以下、経営幹部も声がでませんでした。コンサルタントの言葉が理解できないからではなく、バランス・スコアカードの検討がほぼ終わり、バランス・スコアカードを作り上げたことに満足感を感じていたからです。経営方針の発表が目的化していることをコンサルタントに指摘されたのです。

(コンサル)
社員は、我が社の夢やあるべき姿を共有できた時、自ら考え行動する存在です。社長方針を発表したからといって、動く存在ではないのです。社長方針を発表する前に、社長および経営幹部の皆さんは、我が社の夢やあるべき姿を社員に語らなければなりません。我が社の夢やあるべき姿が、自分たちに幸せをもたらすもの、自分たちの誇れるものとして、納得していただく事が大切です。
(社長)
夢を語れ、夢を共有しろ。方法論で、夢を見失うな!そう言いたいのだろう。先生の言っていることは判るが、具体的にはどのようにすれば、社員に伝えることができるのか、共有することができるのか。
(コンサル)
我が社の夢は経営ビジョンであり、我が社のあるべき姿はバランス・スコアカードそのものです。我が社は、顧客や市場とどのような関係を築き、顧客や市場に対して、どのような価値ある存在になっているのか。我が社は、どのような価値を生み出す仕組みを持つようになっているのか、その結果、どのような真似のできない独自能力を持つようになっているのか。我が社は、社員とどのような関係を築いて、社員に対して、どのような価値ある存在になっているのか。我が社は、どれだけ社会的に安心できる企業になっているのか。このことを、バランス・スコアカードの記述に基づいて、社長の言葉で、文章としてまとめてもらいたいのです。我々は、この文章化したものを戦略シナリオと呼んでいます。
(社長)
今まで、議論してきたことを夢やあるべき姿としてまとめれば良いわけだ。
(コンサル)
文章化することによって、社長の達成イメージもさらに具体化するはずです。
(社長)
私だけが作るのは良くない。経営幹部も全員作ってもらおう。幹部との間で、夢の食い違いがあっては困る、最後は、幹部全員のシナリオをつき合わせて、意思統一を図ろう。
(コンサル)
それは、良い考えです。経営幹部の皆さん、覚悟はできましたか?(笑い)
(コンサル)
社員の皆さんへの社長方針発表は、戦略シナリオを中心におこないましょう。マネージャーの方々に対しては、シナリオとバランス・スコアカードについて、作られた背景も含めて、社長や経営幹部の想い、考え方をみっちり勉強してもらいましょう。

このようにして、B社は、あらたな事業展開に大きく舵をきることになりました。あらたな事業展開への船出は、決して順風満帆ではありませんでしたが、着実に成果を上げていることを報告して、「バランス・スコアカードの導入事例」の報告を終わります。

追記

バランス・スコアカードは、決して大企業のものではありません。中小企業であっても、個人事業者であっても、事業をおこなっている限り必要な考え方だと認識しています。また、B社のバランス・スコアカードは、年々進化して社内に定着しています。B社の事例は、決して特別な事例ではないと思います。